【80年代洋楽レビュー倉庫】で〜っかい ひとりごと

アクセスカウンタ

zoom RSS ティアーズ・フォー・フィアーズ「The Hurting」

<<   作成日時 : 2006/12/10 03:37   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 4

先日、洋楽好きの知人とアーティストの商業的成功について
話をした。
私の中ではセールス如何より音楽が良ければいいと思っているし
むしろセールスを伸ばしアイドル化して大衆のキャッチーを
意識し過ぎたりメディアに流されて堕落していくアーティストを
侮蔑する傾向があるのかもしれない。

知人は「どんなに音楽が良くても売れなければ、評価を得ていない
のと同じだ」と言った。

なるほど一理ある。

そして互いに思ったことは、セールスや人気というのは
音楽とは別の動き、つまりアーティストだけではなくレコード会社や
プロモーターそして関係者が暗愚であればあるほど
そのアーティストは日陰の道を歩く運命にあるだろうと。

人気blogランキングへ
今日、紹介するティアーズ・フォー・フィアーズは85年に
2ndアルバム「Song From The Big Chair」が大ブレイク
日本でもおなじみの”ルール・ザ・ワールド” ”シャウト”などの
全米No1シングルで知られているが実は彼らはそれ以前から
本国イギリスではすでにかなりの人気を博していた。

とは言っても81年にデビューしながらデビュー・アルバムは
なぜか83年3月発表。
画像

ヒット・シングルが出てからのアルバム・リリースということは
石橋を叩きながら橋を渡ったのかも(^^ゞ

ローランド・オーザバルとカート・スミスの二人が13歳の時に出会った
ことから始まるティアーズ・フォー・フィアーズ。
当初はモッズ・スタイルのバンドを経験しながら
81年にティアーズ・フォー・フィアーズを結成。

デビューシングル”サーフ・ザ・チルドレン”を発表。
しかし、なんの注目も浴びなかった。
(85年夏に再販したときは52位)

82年の初めにセカンド・シングル”ペイル・シェルター”をリリース。
これまた、それほど注目をされなかったが ジワジワとチャートを
昇っていき5位を記録。

82年秋にリリースされたサード・シングル
”マッド・ワールド(狂気の世界)”はチャートの3位に輝き
彼らの人気の起爆剤となった。
私的にもこの曲は 超・お気に入りナンバー♪





83年2月にはシングル”チェンジ”がチャートの4位と
燻ぶっていた種火が一気に点火するような勢い。

そして、83年3月
ようやくこれらのヒット・シングルを集約したデビュー・アルバム
「The Hurting」の発表となるわけだが
普通はシングルと同時進行でアルバムを出すのだが
彼らは敢えて3曲のシングルをヒット成立させたあと
デビュー・アルバムをリリースという奇異な格好をとった。
しかも2ndアルバムまで2年の月日をかけたあたり
彼らの余裕さえも感じる。

ジョイ・ディヴィジョンやウルトラ・ヴォックスに影響を受けたとだけあって
エレ・ポップ路線ではあるが 先人の物真似や単調なつくりではない。
極めて「詩」の世界を重んじ創造性を掻き立ててくれる音楽。

冒頭の話に戻るが、このティアーズ・フォー・フィアーズは
デビュー当時は注目を浴びることなく自分たちの音楽をやった結果
豊かな音楽センスが大衆の支持を受けたケースだが
きっと私たちの知らないところで素晴らしい楽曲
そして見事な才能が人知れず埋もれてしまっているのかもしれない。

ヒット・チャートや商業的成功というものは、ひとつの基準や目安であり
音楽を芸術と捉えた場合の見解はまた違ったものがあるだろう

私は、そうしたことから無名アーティストや駄作と言われる作品を
すすんで聴き自分なりの答えを出してきた。
大多数の人達が認める音楽も良いが
一部少数の人達が支持する音楽の中に
感銘を覚えたとき、 また格別な想いがするのだ。












ザ・ハーティング+4
ザ・ハーティング+4

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ジャム80さんおひさしぶりです。
僕は学生のころ、ビーズが好きで、アルバム全部もってました。
友達はみんな洋楽が好きで、ビーズなんて、ダサい、エアロのパクリじゃんとか、散々なこといってました。
ビーズは90年代、洋楽センスをリスナーにわかり易くしめしながら、日本人好きするポップでキャッチーな歌詞とサウンドで当時の中、高生の心をわしずかみにしてました。商業的成功を収めた日本のロックといえば僕からしたらビーズなのです。アンチビーズ派はパクリだとかいうけれど、彼らだってパクリときずかないでパクってるわけじゃなくて、遊んでるんですよね。
たぶん。あとあの近田春夫が日本のロックはビーズしかない。と90年代中期に発言していて、納得したのをおぼえています。
音楽を純粋に聴いてもらいたいと思えば、聴いてもらえる努力をするし、
その音楽にほれこんだ人ならば、その音楽をもっとみんなに聞かせてあげたいと思うはず。この集合体がMUSIC SCENE、業界、と呼ばれるところだとおもいます。
ダメ男
2006/12/12 01:52
こんばんわ〜ダメ男さん(^^♪
味わい深いコメントありがとうございます。
B'zですか。確かに言われてみれば彼らを通じてエアロを知った人も
いるでしょう。「媒体」とよんでいいのかわかりませんが・・・
私は当時、佐野元春が好きでしたがアルバム「カフェ・ボヘミア」は
スタカンのパクリだと騒がれてファンとして揺らいだ経験があります。
しかし、ダメ男さんが言われるように彼が海を渡ってSOULやJAZZって
こんなにいいもなんだよ〜と教えようとしたとも考えられます。
実際、彼は「元春RADIO SHOW」で私たちリスナーにいろいろなレコードを
紹介してくれました。それは私の人生の財産になりました。

ジャム80
2006/12/12 02:21
締めに♪Shoutで盛り上がったんだけど、
Rolandがスピーカーに片足かけた時には、
PVが浮かんだよ。
彼の笑顔としゃぶしゃぶ話が忘れられない。
通りすがり
2013/06/12 19:52
通りすがりさん こんばんは^^

しゃぶしゃぶ??そこに食いついてしまいました^^;
ジャム80
2013/06/17 02:07

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
ティアーズ・フォー・フィアーズ「The Hurting」 【80年代洋楽レビュー倉庫】で〜っかい ひとりごと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる