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zoom RSS UNUSUALなシンディ・ローパー

<<   作成日時 : 2007/03/19 15:14   >>

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韓国の歌手 KのNewシングルがシンディ・ローパーの
”True Colors”をカバーしているとは驚いた!!


ZEEBRAがLEVEL 42の”Something About You”をサンプリングして
Touch The Sky! Touch The Sky!

と叫んでいた時も驚きましたが・・・
そう言えばカニエ・ウエストもカーティス・メイフィールドの”Move On Up"を
サンプリングで使って♪Touch The Skyってやってましたっけ

昨今、洋・邦問わず70年代〜80年代系のカバーがお盛んなようです。
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さて、本題を元に戻しますと
”True Colors"は86年にシンディ・ローパーが歌って彼女自身としては2枚目の
全米No.1に輝いた曲です

彼女はデビュー・アルバムの「SHE’S SO UNUSUAL」(彼女はちょっと変わっている)
のタイトル同様 ホントに変わってました(笑)
画像



今でいうPINKも多少、変わっていますが全盛期のシンディの比ではありません。

そんな変わり者のシンディが遊びっぽく女のコの気持ちを歌い上げたこの曲が
デビュー・シングルさながら全米シングル・チャートの2位に登り詰めました!

”Girl Just Want To Have Fun"

 
続く第2弾シングル”Time After Time"は1984年6月9日〜2週間全米No.1に
この曲は、その後もいろんなアーティストにカバーされています。


”Time After Time”で騒がしいだけではなく、その歌唱力をも見せ付けた後
”She Bop"が全米3位、”All Through The Night"が全米5位に入るなど
新人としては異例のモンスター・ヒットを放ちました。
その大活躍を評価され84年のグラミーでは最優秀新人賞に輝きました。

ちょうどこの頃、同じように新しい旋風を巻き起こしていたマドンナとよく比べられてました。
それは、マイケル・ジャクソンとプリンスを比較するといったメディアのどうでも良い意見とも
とれますが・・・まぁ当の本人達からすればライバル視するどころか全く気にも留めてなかった
と思われます(^^ゞ

85年は映画「グーニーズ」に本人出演したシンディですが
当然、ここでもサントラとして曲をリリースしています。


ファン待望の2ndアルバム「TRUE COLORS」からの同名シングルが
1986年10月25日〜2週間全米No1を記録しました。
アレだけおチャラ気雰囲気な彼女なのに全米1位に輝いた2曲は
いずれもバラードというのは なんだか面白いですね!
裏を返せばそれだけ歌唱力があるということでしょうか。

”True Colors"


他にもこの2ndアルバムから”Change Of Heart"やマーヴィン・ゲイの曲をカバーした
”Whats Going On"などもリリースされましたが1stアルバムの勢いが凄まじかっただけに
やや精彩を欠いていたように思います。

89年に3rdアルバムを発表しましたが、パッとしませんでした。
しかし、1stシングル”I Drove All Night"この曲を残してくれて良かったなぁと思います。
個人的には、とても気に入っているナンバーです。
PVもこの時代にしては良くできてると思いますし。
「リスナーの心は移り気なもの」せめてこの曲が2ndに収録されてあれば・・・
という深い感慨もあります。
なぜなら、この曲を最後にチャートシーンからその名前が出てこなくなったからです。

”I Drove All Night"


シンディ・ローパーはニューヨークのブルックリン生まれ。
母親が産気づいてタクシーの座席で半分、生まれていた?!という話です。
彼女が5歳になると両親が離婚し母親に引き取られて育ちます。

12歳でギターを手にし、妹と一緒に曲を作り始めました。
美術系のハイスクールに通いながら音楽に興味を示す毎日。
主にフォーク・スタイルの音楽に夢中だったようですが
大学に進学してからはロックンロールのバンドに参加し始めました。

70年代の中頃にシンディはニューヨークに数多くあるロック・バンドに
ヴォーカルとして渡り歩いていました。

運命とも言えるジョン・テューリとの出会いは1977年の事で
意気投合した2人は一緒に曲作りを始め「ブルー・エンジェル」というバンドを結成。
1980年にポリードールから「ブルーエンジェル」というアルバムでデビューします。
ニューヨークの一部専門筋からは評判が良かったらしいですが
一般ウケせずにバンドはポリドールから見離され、ジョンとの関係も壊れていきます。

しばらく途方に暮れた彼女ですが1983年の春にポートレコードと
ソロの契約に踏み切ります。
ここではリック・チャーフというプロデューサーを得て
冒頭に紹介した大ヒット・アルバム「SHE'S SO UNUSUAL」が完成します。

シンディが84年にスターとなり第一線に躍り出てきたときは
もう30歳は優に超えていたと思います。
あの当時、まだ義務教育課程期にあった私は
「元気なオバちゃんだなぁ〜」と思っていましたが
今は30歳でオジサン、オバサン扱いされたら・・・・(^_^;)


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
どうもごぶさたしています。ダメ男改めダメ尾です。
シンディローパーいいですね。大好きです。
彼女はダンステリアは思い出の1枚です。大学のころをおもいだします。

TRUE COLORSは名曲ですよね。

I WANNABE STRONGが1番好きです。
.ダメ尾
2007/03/28 21:24
お久しぶりです!!
改名は3回目でしょうか(笑)

>彼女はダンステリアは思い出の1枚です。大学のころをおもいだします。

ダメ尾さんが20代でしたら”ハイスクールはダンステリア”の
HEY!NOWバージョン(勝手にそう呼んでます)の方でしょうか?

ちなみに私は旧バージョンが中学時代の思い出でした。。。
歳がバレてしまうま バキューン!!!!
ジャム80
2007/03/28 22:56

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