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zoom RSS ピーター・ガブリエルStory

<<   作成日時 : 2007/05/09 16:53   >>

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ジェネシスの元リーダー格で変わり者のイメージが強いピーター・ガブリエル
そんな彼が全世界に向けて発信した曲や詩の数々
そしてワールド・ミュージックへの貢献、芸術的な映像
今日は彼のStoryを紹介したいと思います。
画像



ピーターの生家「ガブリエル家」は貴族階級出身ということで
当然の流れとして彼はお坊ちゃん学校へ入学。

そこで待ち受けていたのはイジメ。
彼は鬱屈した日常に救いを求めます。

そんな自己を救済すべく音楽という【道標】を見つけます。
ラジオから流れてきたビートルズの”ラブ・ミー・ドゥ”がきっかけでした。
彼は寝ても覚めても音楽に陶酔していきます。
そしてR&Bミュージックとの出会い。

・・・・1967年にジェネシスが結成されますが
彼らのサイケデリック風なプログレは全然ウケませんでした。
アルバムを2枚ほど発表したのち、最悪な形でメンバーが
一人抜け・・また一人抜け・・

ここで登場するのがスティーブ・ハケットそしてフィル・コリンズでした。
余談になりますがスティーブ・ハケットと言えばヴァン・へイレンの
エディ・ヴァン・へイレンの【ライト・ハンド奏法】の生みの親と言われています。
エディがジェネシスのライブを見て使い始めています。
また、86年にプログレの大物バンド イエスのスティーブ・ハウとのユニット
そうWスティーブで結成された【GTR】はメチャメチャかっこ良かった
今でも”ハート・マインド”を聴くと胸がずんずんと高鳴ります

さて、本題に戻って
ピーターはフィルにドラムを託し自らが全面的にボーカルを担当します。

ようやく70年代初めに放った2枚のアルバムが当たります。
サイケ風プログレと奇抜なファッション、幻想的な演劇ともいえるステージは
次第に人々を魅了し始めます。


しかし、1975年にピーターは脱退を決意します。
メンバーとの対立などと噂も囁かれましたが事実は別にありました。
理由は愛娘の病気とういうのが正確な情報のようです。
長引くツアーで忘れかけていた【家族】を取り戻しました。

そして、自分のペースで仕事が出来るようにと
【ソロ】の道を歩みます。

【道】は険しく1作目「T」(全英7位、全米38位)
2作目「U」(全英10位、全米45位)とジェネシスでの成功と引き換えの割りには
厳しいものがありました。
「T」ではロバート・フィリップとトニー・レヴィンなどがゲスト参加しています。
内容的には音楽性で仲違いをしたわけでもないせいか
ジェネシスの影を大きく引きずるものでした。
「U」でもロバート・フィリップがプロデュースを取るわけですが
若干の岐路修正があったものの内容的には渋すぎたみたいです。


80年発表の「V」(全英1位、全米22位)
民族音楽の投入などの新しいアプローチが
功を奏して”ビコ”などのヒット・シングルも生まれます。
この曲は、反アパルトヘイトを込めて作られています。
”ビコ”のPVは最後のトリで貼り付けしてあります
プロデューサーにはスティーヴ・リリィホワイトを起用しています。


82年秋に発表された「W」(全英6位、全米28位)では
完全に自分の世界を確立していると言えるでしょう。

このアルバムの1曲目に収録してある”アイ・ハブ・ザ・タッチ”は
95年に公開された映画「フェノミナン」のサントラにも収録してあります。
曲自体はリメイクしてありますが中々のモノです♪
”ショック・ザ・モンキー”や”アイ・ハブ・ザ・タッチ”などエスニック要素とシンセを
織り交ぜた本作は絶品です!


”Shock The Monkey"(1983年)

Peter Gabriel - Shock The Monkey
アップロード者 SamFisher037. - 音楽動画、アーティストのインタビュー、コンサートやその他色々。





さ〜ここからが人生の転換期1986年
元の古巣であるジェネシスが再始動する時と同じくして
彼の最大のヒット作となる「SO」(全英1位、全米2位)もリリースされました。
そこから第一弾シングルとして送り込まれたのが”スレッジ・ハンマー”
”Sledgehammer"(1986年)

Peter Gabriel - Sledgehammer
アップロード者 bebepanda. - 音楽動画をHD画質でもっと見る!






ジェネシスの再始動を盛り上げた”インヴィジブル・タッチ”は
全米No1に輝いたわけですが、何と!それを1週間でコキ降ろして1位の座を
奪ってしまったのが”スレッジ・ハンマー”でした。
1986年、7月26日の出来事です。
当然、ジェネシスの中心人物とも言えるフィル・コリンズは
すっかりチャートの常連であり、ヒットメイカーでも名が通っていました。
ジェネシスの曲がまさかこのマイナーなナンバーに喰われるとは思っていませんでした。
それに”インヴィジブル・タッチ”はスゴイ勢いでチャートを駆け上ってもいましたし・・
このグロイPVが功を奏したとも思えませんし;
本国のUKよりもウケているのも不思議でした。

本国でウケたシングルと言えばどちらかと言うとコチラの曲でしょう!
"Don't Give Up"(1986年)ケイト・ブッシュも参加しています。

この曲もアルバム「SO」に収録してあります。


”Big Time"

こちらも「SO」からシングル・カットされたナンバーです。

「SO」には他にも一曲目の”レッド・レイン”や”イン・ユア・アイズ”などいい曲がいっぱい
あります!何だかんだで一番聴いたアルバムです。
あ〜ただし、あくまでも【癒し系】の1枚なので
ハジケたい時に聴いてシラケない様にお願いします(^^ゞ


「SO」以降の彼は得意の芸術的志向を凝らしたビデオ制作などにも
精力を注いでいくのですが【ワールド・ミュージックの前進】に寄与していきます。
ワールド・ミュージックのレーベル【リアル・ワールド・レコーズ】を立ち上げ
あまりスポットが当たらなかったアフリカやアジアなどのミュージシャンを
全世界に紹介していきます。
私が知っているメジャーなところではユッスー・ンドールなどが所属しています。


ピーター・ガブリエルはソロになってから1作目〜4作目までノンタイトルで
アルバムを出しているため「T」〜「W」という表記になっています。
コレは勘ですがアルバムのイメージを固定したくないからでしょうな〜

86年の大ヒットアルバムから「SO」というタイトルこそ付きましたが
つづく92年のアルバム「US」(全英・全米2位)
02年の「UP」(全英11位、全米9位)とコレまた2文字のシンプルなタイトルで(^_^;)
次のアルバムのタイトルをみんなで予測しましょうww
ちなみにジャムの答えは「UK」・・・ちと、ベタかな;



最後に南アフリカの運動家スティーブン・ビコに捧げた曲”BIKO"






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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
>ジャムさん
ガブリエル関連で、こっちにコメントしときますね。
私が一番好きだったアルバムは"GABRIEL W"だったかな。"リズム オブ ザ ヒート(だっけ)"が入ってるやつ。民族音楽的な響きがよかったです。
ガブリエルは知的にトガった感じで、カッコよかったですよね。
懐かしくなって調べたら、例の娘さん(Anne、向かって右)と一緒の写真発見。
http://www.woodstockfilmfestival.com/images/photodownloads/gabriel_ross_jeffmillstein.jpg
だけどガブリエル変わったな〜!はじめわからなかったですよ。私はトガったイメージのままだったから、この好々爺ぶりは...
まぁ、年を重ねてまるみが出たのも、いい味とは言えばそうですが。
カラビ
2007/05/12 13:36
知的にとがった感じでしたか(笑)
私的には活字と音だけの認知でしたので
てっきり、気のいい人だと思っていました(^^ゞ

>懐かしくなって調べたら、例の娘さん(Anne、向かって右)と一緒の写真発見。

おお、またまた情報提供ありがとうございます^^

歳をとって雰囲気に丸みが出てきているものの
アルバム・タイトルは相変わらず2文字なんですよね〜
多少の頑固さは持ち合わせているのかもですね。



ジャム80
2007/05/12 14:01

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