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zoom RSS デビー・ハリー『ROCKBIRD』

<<   作成日時 : 2013/05/20 02:54   >>

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またもや、アルバム紹介






デビー・ハリー 『ロックバード』(1986年)
画像



【伝説のヒロイン、デビー・ハリー 眠りから醒める】
そんな紹介文で このアルバムの解説が始まる訳です。


嗚呼、最近 この手の ご無沙汰アルバムばっかり紹介して自分を重ねているようです(笑)



どうでも良いんですけど、デビー・ハリーは90年代に入って
記憶が確かであれば、ご無沙汰アルバムを発表しているはずです。
その時は、デビー・ハリー→デボラ・ハリーになってました。


ジョン・クーガー・メレンキャンプがジョン・メレンキャンプになったようなものかな。。。ん?



後でYahoo知恵袋で調べよっと(笑)



それでは、アルバム収録の曲をかいつまんで ご紹介します




#1





#2



#3



#4



#5



#6



#7



#8



#9





飛ばしながらも 全曲チェックされた方 お疲れ様です<(_ _)>



デビー・ハリーと言えば ブロンディ紅一点のボーカル こ〜みぃ〜の人。



ブロンディ在籍時にも映画【パッセンジャー】や【ビデオドローム】などにも出演してました。



81年に元シックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズを迎えて
ソロ・アルバム『予想(KOOKOO』を発表。


このアルバムは、最高位25位をマーク。
シングルは、”バック・ファイアー”(43位) ”ジャム”(82位)


翌年、82年の全米ツアーを最後にブロンディは解散してしまいました。


その後、83年にオフ・ブロードウェイのミュージカル【ティーネック・タンジィ】に出演。


音楽活動の方では、映画【スカーフェイス】(83年) 【クラッシュ・グルーヴ】(85年)のサントラ盤に参加。
その中から シングルカットされたのが”ラッシュ・ラッシュ”と”フィール・ザ・スピン”ですが
どちらも、ヒットするには至りませんでした。


この時期の彼女には 深〜イイ話があって、
白血病に冒されたクリス・スタインをニューヨークの病院で数年にわたり看護
そして、栄光のブロンディ時代に稼いだお金の大半を治療費に使い果たしたそうです。



この『ロック・バード』は『予想(KOOKOO』から5年、
ブロンディ最後のアルバム『ザ・ハンター』から4年
ブロンディが大暴れした期間と変わらないブランクを経て製作されたのです。


このアルバムで興味深いのは プロデューサー&アレンジで名前が挙がっているセス・ジャストマン
プロデューサーでありながら参加ミュージシャンにも名を連ねています。


そう、あの J.ガイルズ・バンドのセス・ジャストマンです。


他には、トニー・Cやナイル・ロジャースなどの名前も挙がっていて
うん、なるほど だから ジャンルに囚われない自由な作風なのかと 一人納得(笑)



ナイル・ロジャースって人は、ソロ・アーティストを輝かせるのが すごく上手いというのが私的感想です。
(-。-)y-゜゜゜よッ ナイルの宝石



最後に、このアルバムの代表曲#2 ”フレンチ・キッスィン・イン・ザ・USA”の歌詞の一部を唱えながら
本日の終礼にかえさせていただきます^^


それでは



我を忘れるような 愛の感触
抱きしめて〜 それがフランス流
抱きしめて〜 それがフランス流


愛に身を委ねましょう
抱きしめて〜 それがフランス流
抱きしめて〜 それがフランス流






ロックバード
EMIミュージック・ジャパン
1992-02-26
デビー・ハリー

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ジャムさん、こんにちは。
前々回、ドナ・サマーの記事でコメントを書いてから、この、デビー・ハリーの記事を見て、やっぱり次はこれが来るよね!と思ってしまいました(笑)

当時、あー、70年代に大ヒットを出した人の新しい音源をリアルタイムで聴けて、それがヒットするさまを体験できるのだ、と期待が膨らむも、あえなく。。。という共通項がありますね。
「イン・ザ・USA」って付いてるから、これでセッセコセ♪と行けるんじゃないかと思ったけど、全米チャートは冷徹でありました。

ご案内のジョン・クーガー・メレンキャンプは、「ロック・イン・ザ・USA」(1986年)を大ヒットさせましたね。アルバム『スケアクロウ』(1985年)はいまもLPで持っていて大好きな作品です。クーガーの頃のパワーが好きでしたが、その後は、フォークロアっぽい音になって当時は地味になった印象を受けたものでした。。

デビーの話に戻るんですが、良いんだけど、どこか70年代後半のディスコミュージックの感じにとどまっていて、個性に満ちた80年代後期に与えるインパクトは地味だったのかなと、私は思います。
このあと、デボラになるんでしたか、この改名は記憶に引っかかってますよね(笑)

ナイル…の宝石といえば、ビリー・オーシャンですね。「ゲット・タフ」(1986年)は、今でも歌えます、英語詞ほとんど知らないのに(笑)
今回、ビリー・オーシャン自体は、特に関連はありませんですね(笑)それでは、よい日曜の午後を!
ysheart
2013/06/02 15:21
ysheart さん こんばんは^^

ブルース・スプリング・スティーンあたりからイン・ザ・USAのバトンがうまく回ってたのに 残念なフレンチ・キッスでした(..)
記事には書かなかったのですが1982年の映画『ヴィデオドローム』で
裸をさらしたことと関係あるのかな・・・いや ない(笑)
デビーの場合 ブロンディ再結成なる形をとった方が自然だったのではと思います。例え、全員揃わなくても 3人でのバンド復活なんて良くある話ですから。



ビリー・ジョエルやボストン、ヒューマン・リーグ、フリートウッド・マックと
本当に70年代から80年代頭に活躍した人たちのが多かった。
その中で、あえて7前回のドナ、そして次にデビーを取り上げたこと
これをysheart さんに悟られてしまって 少し慌ててます(笑)

一節では CDの棚【D】の列からただ順番に紹介しただけという話もあります(笑)

ジョン・クーガー・メレンキャンプの『スケアクロウ』(1985年)
渋いながらもヒットたくさん量産しましたよね〜
当時、FMを録音したカセットテープでジョン・クーガーの後にボビー・ブラウンというめちゃくちゃな曲構成のものを持ってました^^;微妙にトラウマ;;


ビリー・オーシャンにふれていただき感謝です^^
またお待ちしております!
ジャム80
2013/06/02 23:51

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