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zoom RSS ジャーメイン・ジャクソン 『プレシャス・モーメンツ』

<<   作成日時 : 2014/01/06 19:37   >>

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暦のキリの良いところで、本日から仕事始めって方 多いのではないでしょうか?





軽快感じで仕事を始めるのにピッタリなナンバーいかがでしょうか?




洋楽を本格的に聴き始めた頃にFMから流れる この曲と出会いました^^



いつ聴いても心躍りますわ〜 



ジャーメイン・ジャクソンで"I think It's Love"でした^^




86年リリースのアルバム『プレシャス・モーメンツ』の1stシングルで
スティービー・ワンダーが書き下ろした曲です。





ジャーメインと言えば、マイケル・ジャクソンの兄(3男)ということで
比較されたり、コメント求められたり大変だっと思います。



それ以上にジャーメイン自身も意識してたわけですから。



ただ、マイケルの様に神がかった実弟を持つと誰だって折れますよ^^;普通に



でも、ジャーメインは才能溢れる本当に良いアルバムばかり出してます!



元々、ジャクソン5の2枚看板だった2人が袂を分かつことになった発端はジャクソン5のモータウン離脱。



正確にいうと父親兼マネージャーでもあったジョセフとモータウン社長のベリー・ゴーディとの音楽性の不一致。



足早とCBSレコードに移籍してしまった兄弟たち(モータウンの使用許可を得られずジャクソンズに改名)


1人モータウンに残ったジャーメイン。



残留理由は、父ジョセフの反対を押し切ってまで結婚した
ベリー・ゴーディの娘ヘイゼルとの事や、社長ベリー・ゴーディの圧力が大きかったと思います。



ここで1曲入れます

同じくアルバム『プレシャス・モーメンツ』から"Do You Remember Me"





ジャクソン5時代にモテ期絶頂を迎えたジャーメインは女性ファンとの交流も活発であったのに対して
弟、マイケルはそういうのはチョットと言わんばかりに敬遠していたそうです。



マイケル後日談によると『兄(ジャーメイン)や父がファンと性的関係を持つところを目の当たりにした』



え?!父も?!



ここで1曲入ります
アルバム『プレシャス・モーメンツ』からタイトル・ナンバーを



88年にはヘイゼルと離婚して別の女性と同棲して2児を儲けはしましたが同棲を解消。
さらには弟ランディ(7男)の元妻と結婚。2児を儲け再び離婚。。。


3度目の結婚をしました。



音楽の方では、75年以降セルフ・プロデュースでアルバムをコンスタントに発表




80年代になると"Let's Get Serious"が全米TOP10入りを果たしました。



82年のアルバム『Let Me Tickle Your Fancy』を最後にモータウンを離れアリスタへ移籍



ファンとして困るのは、、一貫して聴きたい時のベスト盤がレコード会社で分かれていたり。。。。
探すの大変なんすよ〜〜
ま〜愚痴なんで スルーしてやって下さい(笑)



個人的にはアリスタからリリースされた3枚のアルバムはどれも伸びのある、
素晴らしい作品で甲乙つけれないです^^;

『Dynamite』 (1984) 

『Precious Moments』 (1986)

『Don't Take It Personal 』(1989)







移籍のタイミングで距離を置いていたジャクソンズとも84年には共演を果たしました。




『Dynamite』 (1984)にはマイケルとのデュエット"Tell Me I' m Not Dreaming ( Too Good To Be True )"収録。



それでは、
『プレシャス・モーメンツ』から"Words Into Action"を




ジャーメインは、兄弟に対して音楽的には激しいライバル意識を燃やしている言動が目立ちます。



例えば、音楽デビューして勢いに乗りかかる妹・ジャネットに対しては「まあまだだな」と言ってみたり



91年リリースの自身のアルバム『You Said』収録曲"WORD TO THE BAAD"ではマイケルを皮肉る始末。。



しかし、それぞれがスーパー・スターになってしまった兄弟達の中で
マスコミや世間に対して怖れず 兄らしい発言で弟や妹を擁護しました。
それもまた彼なのです。



18歳で結婚したジャネットが1年足らずで、離婚した時に元旦那のジェームズ・デバージ(薬物中毒になっていた)
に一言物申したのも、ジャーメインです。



家に戻ったジャネットは音楽に注力した結果、あの代表作『コントロール』が生まれました。



89年にはPLAYBOY誌でヌードを披露した妹のラ・トーヤを叱咤



マイケルが裁判に次ぐ裁判で疲弊する中、擁護する声明をいち早く出したのもジャーメインでした。



ただ、弟ランディとの関係は音楽の部分でライバル意識がないせいか 微妙な印象を受けました^^;



それでは、アルバム『プレシャス・モーメンツ』から最後の紹介です
ブレイクしたばかりのホイットニー・ヒューストンとの共演も話題になりました
恋するまなざし "If You Say My Eyes Are Beautiful"






マイケル追悼式で、マイケルの好きだった"Smile"を熱唱





音楽を離れたら弟を失った兄そのもの。



長い時間をかけて 紡ぐ関係に心温まります。



では


プレシャス・モーメンツ
BMG JAPAN Inc.
2009-11-04
ジャーメイン・ジャクソン

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